名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)668号 判決 1998年4月08日
主文
一 本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、二七三万二二五八円を支払え。
2 被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。
二 反訴被告は、反訴原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)・反訴原告の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)・反訴被告の負担とする。
五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 平成九年(ネ)第六六八号
1 控訴人
(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(二) 被控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(一) 本件控訴を棄却する(ただし、原判決記載の請求の趣旨第一項を取り下げ、第二項を後記のとおり減縮)。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
二 平成九年(ネ)第八二〇号
1 附帯控訴人
(一) 判決主文第二項を「附帯被控訴人は、附帯控訴人に対し、四九七万〇九五〇円を支払え。」と変更する。
(二) 附帯控訴費用は附帯被控訴人の負担とする。
2 附帯被控訴人
(一) 附帯控訴人の請求を棄却する。
(二) 附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。
三 平成九年(ネ)第九七四号
1 反訴原告
(一) 反訴被告は、反訴原告に対し、三六〇万円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 反訴費用は反訴被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2 反訴被告
(一) 反訴原告の請求を棄却する。
(二) 反訴費用は反訴原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 被控訴人
1 被控訴人(附帯控訴人)・反訴被告(以下「被控訴人」という。)は、原判決別紙物件目録記載の動産(以下「本件バックホー」という。)を所有している。
2 控訴人(附帯被控訴人)・反訴原告(以下「控訴人」という。)は、遅くとも本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である平成八年八月二一日以降控訴人が被控訴人に本件バックホーを引き渡した平成九年九月二日までの間、本件バックホーを占有していた。
3 控訴人は、訴外結城政一(以下「結城」という。)から本件バックホーを取得した際、本件バックホーが結城の所有でないことを知っていたし、少なくとも、知らなかったことにつき過失があった。
4 仮に、控訴人が結城から本件バックホーを取得した際、本件バックホーが結城の所有でないことにつき善意無過失であったとしても、被控訴人は、平成六年一〇月末ころ長野県下伊那郡泰阜村において訴外光井信俊及び訴外田中康広(以下「光井ら」という。)に本件バックホーを盗取されたものであり、それから二年を経過する以前の平成八年八月八日に、本件バックホーの返還を求める本件訴訟を提起した。
5 本件バックホーの一か月当りの賃料相当額は四〇万円を下らない。
6 よって、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、平成八年八月二一日から平成九年九月二日までの間の一か月四〇万円の割合による賃料相当額四九七万〇九五〇円の支払を求める。
二 被控訴人の主張に対する認否
1 被控訴人の主張1の事実は不知。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。
4 同4のうち、被控訴人が平成六年一〇月末ころ長野県下伊那郡泰阜村において光井らに本件バックホーを盗取されたことは不知、被控訴人が平成八年八月八日に本件バックホーの返還を求める本件訴訟を提起したことは認める。
5 同5の事実は否認する。
三 控訴人
1 控訴人は、平成六年一〇月末ころ、結城から、本件バックホーを代金三〇〇万円で買い受け、そのころ、結城から本件バックホーの引渡しを受けた。
2 仮に、被控訴人が本件バックホーを盗取されたものであるとしても、結城は、平成六年一〇月当時、訴外山本和弘(以下「山本」という。)と共同で中古の自動車や建設機械の修理販売を業とする「オートショップヤマシロ」を経営しており、被控訴人は、結城から本件バックホーを買い受けた際、本件バックホーが結城の所有する物でないということを知らなかった。
3 控訴人は、平成八年初めころ、六〇万円相当の費用をかけて、本件バックホーに、シャベル以外のH鋼を切断するカッターや、コンクリート等を砕くブレーカーなどを取り付けるための装置を取り付けた。
4 よって、控訴人は、被控訴人に対し、民法一九四条に基づき本件バックホーの購入代金三〇〇万円、有益費償還請求権に基づき有益費相当額六〇万円、及びこれらに対する本件バックホーを被控訴人に返還した日の翌日である平成九年九月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 控訴人の主張に対する認否
1 控訴人の主張1の事実は認める。
2 同2のうち、結城が平成六年一〇月当時山本と共同で中古の自動車や建設機械の修理販売を業とする「オートショップヤマシロ」を経営していたことは認め、被控訴人が本件バックホーを買い受けた当時善意であったことは否認し、結城が民法一九四条所定の商人にあたることは争う。
3 同3の事実は否認する。
第三 当裁判所の判断
一 弁論の全趣旨により成立が認められる甲第五号証、第九号証、弁論の全趣旨によると被控訴人の主張1の事実が認められ、同2の事実、控訴人の主張1の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 控訴人が結城から本件バックホーを買い受けた際、本件バックホーにつき結城が無権利者であったことについて、悪意又は有過失であったかを検討する。原審における控訴人本人尋問の結果によって成立が認められる乙第一号証、第二号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三号証、原審における証人中西良の証言、控訴人本人尋問の結果によると、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 結城は、平成六年一〇月当時、山本と共同で、「オートショップヤマシロ」という商号を用いて自動車修理業及び中古自動車、中古土木機械の販売業を営んでいた。
2 結城らは、その修理工場に販売用の土木機械等を置いていることはなかったが、当時、中古土木機械の販売をする業者は、修理を主体とするものが多く、店頭での展示販売の形態も一般にはとられていなかった。
3 訴外中西良(以下「中西」という。)は、個人で機械工具の修理販売業を営んでいるが、中古土木機械の購入を希望する者に対しては、その販売業者を紹介することがあった。
4 控訴人は、「明光開発」という商号で建設業を営んでいたが、以前にも、中西に紹介されて、中古土木機械を購入するために業者の所へ見に行ったことや、中西とともに行って見た中古土木機械を購入したことがあった。
5 控訴人は、中古大型パワーショベルを購入したいという話を中西にしていたところ、平成六年一一月初め、中西から、結城らが本件バックホーの売却先を探しているとして、結城を紹介された。
6 控訴人は、パワーショベルの免許を有している訴外平沼正己(以下「平沼」という。)を連れて、本件バックホーを見に行った。本件バックホーは、「オートショップヤマシロ」の敷地内には置かれておらず、そこから相当離れた堤防下にある砂利採掘場の近くの雑草地に置かれていた。本件バックホーには正規の鍵がつけられており、平沼が本件バックホーを動かすなどしたところ、三〇〇万円の価値は十分にあるものと見積もられたので、控訴人は、本件バックホーを購入することとした。
7 控訴人は、平成六年一一月七日、山本に対し、本件バックホーの代金として三〇〇万円を支払った。
右に認定した事実によると、結城は、中古土木機械の販売にも従事しており、控訴人としては、結城が正常なルートによって本件バックホーを控訴人に売り渡すと信じたものであり、そのように信じることがもっともな状況のもとで本件バックホーの売買契約が締結されたものというべきである。したがって、控訴人が本件バックホーを買い受けるにあたり、控訴人は善意であったものというべきであり、過失があったということはできない。
三 その方式及び趣旨により真正な公文書であると推定される甲第八号証、原審における控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は、平成六年一〇月末ころ、長野県下伊那郡泰阜村において光井らから本件バックホーを盗取されたことが認められ、本件訴訟がそれから二年を経過する以前の平成八年八月八日に提起されたことは記録上明らかである。
四 控訴人が結城から本件バックホーを買い受けたことにつき、民法一九四条の適用があるかについて検討する。
前記二に認定した事実によると、結城は、本件バックホーのような土木機械の販売を主たる業とする者ではないが、自動車の修理を行うかたわら、それまでも中古土木機械の販売業を営んでいたというのであり、店頭での展示販売以外の形態で土木機械の販売を業とする者も少なくないというのであるから、そのことからすると、結城は民法一九四条所定の「同種ノ物ヲ販売スル商人」にあたると解するのが相当である。また、前記二に認定説示したとおり、控訴人は、本件バックホーを買い受けた際、本件バックホーにつき結城が無権利者であることを知らなかったと認めるのが相当である。
したがって、右のところからすると、控訴人が結城から本件バックホーを買い受けたことについては、民法一九四条の適用があると解するのが相当である。
五 次に、本件において、被控訴人が控訴人に対し、民法一八九条二項、一九〇条一項により、使用利益の返還を請求することができるかということについて検討する。
民法一八九条二項は、占有者が本権者に対し占有物の返還をするときに、その占有者が善意であったとしても、本権者から占有物の返還請求訴訟を提起され、その訴訟において本権者に返還請求権があると判断される場合には、訴え提起の時から悪意の占有者であるとみなし、その時からの果実を本権者に返還させるという趣旨の規定である。しかるところ、民法一九四条の適用がある場合には、本権者としては、占有者に代価を弁償すれば、占有者に対し占有物の返還を請求することができるのであるから、この場合には、占有者が本件の訴えにおいて敗訴した場合と同様に、占有者は、訴え提起の時からの果実を本権者に返還すべきものと解するのが相当である。
そして、本件においては、前記のとおり、既に控訴人が被控訴人に対し本件バックホーを引き渡しているため、当審において被控訴人は控訴人に対する本件バックホーの引渡請求にかかる訴えを取り下げているのであるが、控訴人が本件バックホーを占有していれば、被控訴人の本件バックホーの引渡請求が認容される場合にあたるのであるから、右の訴えが取り下げられた現段階においても、被控訴人は、控訴人に対し、訴え提起の時からの本件バックホーの使用利益相当額の支払を請求できるというべきである。
六 そこで、被控訴人が控訴人に対して請求できる本件バックホーの使用利益相当額についてみるに、当審における調査嘱託の結果によると、本件バックホーの月額リース料は少なくとも二四万円であることが認められるところ(右認定に反する甲第七号証の二は採用しない。)、右のリース料は月極めで本件バックホーをリースした場合の月額リース料であることからすると、使用利益相当額の算定にあたっては、その約九割にあたる月額二二万円をもってこれを算定するのが相当であるというべきである。
よって、これに基づいて計算すると、被控訴人は、控訴人に対し、本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である平成八年八月二一日以降控訴人が被控訴人に本件バックホーを引き渡した平成九年九月二日までの間の月額二二万円相当額である二七三万二二五八円の支払を請求できるというべきである。
七 控訴人が本件バックホーを買い受けるにあたり、結城に対しその売買代金として三〇〇万円を支払ったことは前記のとおりである。
ところで、民法一九四条は、動産の所有者が盗難又は遺失によってその所有する動産の占有を失った場合に、その動産の占有者がこれを即時取得している場合であっても、一定の要件のもとで、その動産の所有権を原所有者に回復させるとともに、占有者の経済的な保護を図るため、原所有者をして、占有者がその取得にあたって支払った代価を占有者に弁償させるものである。したがって、その趣旨からすれば、同条は、占有者に対し単なる抗弁権を認めるにとどまらず、少なくとも、占有者が原所有者の要求に応じて当該動産を原所有者に引き渡した場合においては、占有者は、原所有者に対し、その動産を取得するにあたって支払った代価を返還するよう求める権利をも認めたものと解すべきである。
これを本件についてみるに、控訴人は、前記のとおり、本件バックホーを被控訴人に返還しているのであり、それが本訴の原判決言渡しの後であることからすると、控訴人は被控訴人の請求に応じて本件バックホーを被控訴人に返還したものであることは明らかであるから、この場合には、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人が本件バックホーを買い受けるにあたり結城に支払った代金三〇〇万円の支払を請求できるというべきである。
八 控訴人は、被控訴人に対し、有益費償還請求をし、原審における控訴人本人の供述中には、六三万円をかけて本件バックホーに解体工事のための油圧配管を取り付けたという部分があるが、仮に控訴人が本件バックホーにつき有益費を支出したとしても、その価格の増加が現存することについて、その立証はないのであるから、この点に関する控訴人の請求は理由がない。
九 以上のとおりであるから、被控訴人の請求は控訴人に対し二七三万二二五八円の支払を求める限度で、控訴人の反訴請求は被控訴人に対し三〇〇万円及びこれに対する反訴状の被控訴人に対する送達による催告の日の翌日である平成九年一一月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるので、その限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき(なお、本判決主文第一項1については、既に原審で仮執行宣言が付されている。)同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。